教会の祈祷会で、
バプテスマのヨハネが獄中で殉教した箇所を読み、
皆さんと一緒にヨハネの気持ちについて考えていたとき、
アドベンチスト・ライフ誌2009年8月号に紹介されていた
詩のことを思い出しました。
一度、パッと読んだとき、
ん?そこまで言ってしまっていいのかな?
と、ちょっとピンと来なかった部分もあったのですが、
後からよくよく考えてみたら、
すごい言葉だなと思うようになりました。
お読みになった方もおられると思いますが、
ここに転載させていただきます。
この、最後の
「あなたが世に知られない人であることを、
ほんとうに愛することができる時、
それが勝利である。」
という部分に、グッと心を掴まれる思いがしました。
いつもどこかで、その全く逆の思いが
自分の心を占めていることに
気づかされたからです。
そして、こういう生き方って、
絶対に到達できないと思うのですが、
でも、どうして、すごいなと思うのだろうと思います。
どうして、憧れを感じてしまうのだろうなと思います。
どうして、どこかで、
これが人間として本来あるべき姿なのだろうなと
思うのだろうなと思います。
このような生き方を大切にしておられたKさんは
残念ながら若くして交通事故で亡くなられましたが、
この方の生き様は、
多くの人に多大な影響を及ぼすものであったと
お聞きしています。
自分も、本当の意味で
勝利者としての歩みができたらなと
心から願うものです。
バプテスマのヨハネが獄中で殉教した箇所を読み、
皆さんと一緒にヨハネの気持ちについて考えていたとき、
アドベンチスト・ライフ誌2009年8月号に紹介されていた
詩のことを思い出しました。
一度、パッと読んだとき、
ん?そこまで言ってしまっていいのかな?
と、ちょっとピンと来なかった部分もあったのですが、
後からよくよく考えてみたら、
すごい言葉だなと思うようになりました。
お読みになった方もおられると思いますが、
ここに転載させていただきます。
「勝利」
あなたが人に忘れられたり、
おろそかにされたり、
あるいは故意に無視されたりしても、
自分がはずかしめられたことや
見落とされたことを喜んで
心に微笑むことができる時、
それが勝利である。
あなたの良い点も非難され、
希望は妨げられ、
あなたの趣味は悪く言われ、
あなたの助言は無視され、
あなたの意見が嘲笑されても、
忍耐強く、愛の沈黙を守って、
すべてに耐える時、
それが勝利である。
あなたがどんな食物にも、
衣服にも、
気候にも、
社会にも、
どんな孤独にも、
あるいは人のどんな妨害にも甘んじる時、
それが勝利である。
あなたがどんな不調和、
不規則、また時間を守らないこと、
その他気にさわるどんなことに会っても、
忍耐ができる時、
それが勝利である。
あなたがむだ使いや愚かさ、
ぜいたくや霊的な無感覚さを見て、
イエスが忍耐なさったように、
すべてに耐えるとき、
それが勝利である。
あなたが会話の中で、
友の悪口や批評をしたくなった時、
口を閉ざすことができるならば、
それが勝利である。
あなたが会話の中で、
自分のことを話そうと思わず、
自分の善行について書いたり、
あるいは人の賞賛を求めたりすることの気持ちが全くなくなり、
あなたが世に知られない人であることを、
ほんとうに愛することができる時、
それが勝利である。
あなたが人に忘れられたり、
おろそかにされたり、
あるいは故意に無視されたりしても、
自分がはずかしめられたことや
見落とされたことを喜んで
心に微笑むことができる時、
それが勝利である。
あなたの良い点も非難され、
希望は妨げられ、
あなたの趣味は悪く言われ、
あなたの助言は無視され、
あなたの意見が嘲笑されても、
忍耐強く、愛の沈黙を守って、
すべてに耐える時、
それが勝利である。
あなたがどんな食物にも、
衣服にも、
気候にも、
社会にも、
どんな孤独にも、
あるいは人のどんな妨害にも甘んじる時、
それが勝利である。
あなたがどんな不調和、
不規則、また時間を守らないこと、
その他気にさわるどんなことに会っても、
忍耐ができる時、
それが勝利である。
あなたがむだ使いや愚かさ、
ぜいたくや霊的な無感覚さを見て、
イエスが忍耐なさったように、
すべてに耐えるとき、
それが勝利である。
あなたが会話の中で、
友の悪口や批評をしたくなった時、
口を閉ざすことができるならば、
それが勝利である。
あなたが会話の中で、
自分のことを話そうと思わず、
自分の善行について書いたり、
あるいは人の賞賛を求めたりすることの気持ちが全くなくなり、
あなたが世に知られない人であることを、
ほんとうに愛することができる時、
それが勝利である。
『アドベンチスト・ライフ』2009年8月号、2頁より
この、最後の
「あなたが世に知られない人であることを、
ほんとうに愛することができる時、
それが勝利である。」
という部分に、グッと心を掴まれる思いがしました。
いつもどこかで、その全く逆の思いが
自分の心を占めていることに
気づかされたからです。
そして、こういう生き方って、
絶対に到達できないと思うのですが、
でも、どうして、すごいなと思うのだろうと思います。
どうして、憧れを感じてしまうのだろうなと思います。
どうして、どこかで、
これが人間として本来あるべき姿なのだろうなと
思うのだろうなと思います。
このような生き方を大切にしておられたKさんは
残念ながら若くして交通事故で亡くなられましたが、
この方の生き様は、
多くの人に多大な影響を及ぼすものであったと
お聞きしています。
自分も、本当の意味で
勝利者としての歩みができたらなと
心から願うものです。