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8月, 2011の投稿を表示しています

ケーブル局での活動紹介

ケーブルテレビ局 J:COM 制作の ボランティア紹介番組 「週刊ボランティア情報『みんなのチカラ』」で ADRA Japan の活動が紹介されました。 以下は、30分番組の 最後の10分間です。 よろしかったら、どうぞ。

うまれました

8月23日(火)午後4時過ぎ、 無事に長男が誕生いたしました。 3,900g 超の大きな子でした。 お祈りしてくださった皆様、 あたたかいお声かけをしてくださった皆様、 どうもありがとうございました。

ラオスでのADRA Japan 事業(2)

ラオスの事業について もう少しご紹介いたします。 以下の写真は 左側の密生した稲が村人作。 右側の隙間だらけの稲がADRAスタッフ作。 実は、この右側の田んぼ、 ちょっと失敗作らしいのですが、 それでも、これでいて、右側のほうが お米の収量は多いのだそうです。 田植えの時に 苗と苗の距離が近すぎると 強い穂が出ず 見た目の割には収量が上がらないとのこと。 それを実際に見せることによって 村民たちに納得してもらおうという プロジェクトの一つです。 次の写真は、 山間の傾斜地に作られている畑で、 タロイモ、大豆、バナナ、 パイナップルなどを 混ぜて植える農法を採用している場所です。 もともと、自然には 大豆だったら大豆だけが 見渡すかぎり群生しているような場所が 存在するハズがないわけで、 いろいろな植物が混ざって生えているのが 「ナチュラル」なのです。 ですから、畑の作物も なるべく自然に近い形で、 背の高いものと低いものを 交互に植えてあげたりすることによって 自然に近い形にすると 土地が痩せにくかったり 病気が入りづらかったり という利点があるのだそうです。 次の溜池の写真は、 見ての通り、溜池です。 この溜池で魚を飼い、 大きくなったら池の水を抜いて 魚を拾って自分たちで食べたり 販売したりするということでした。 次は、豚小屋です。 この写真は ADRAによって家畜の買い方が指導された後 その方法を忠実に守り、 非常にきれいな環境で 豚の飼育ができている例の一つです。 ぶーちゃんも、その子どもたちも、 なんとなく幸せそうに見えました。 このカワイイのが そのうち食料にされてしまうのかと思うと 少々いたたまれない気持ちにさせられますが。

ラオスでのADRA Japan 事業

10日間、ラオスに行ってきました。 (以下、写真はすべてクリックで拡大します) 時々行く機会のあるタイの隣の国なので、 まぁ、同じような文化なのだろうと思い、 特に下調べもせずに 出かけてしまいました。 ですから、 言葉も全く覚えないうちに 入国してしまったという次第です。 ADRA Japan の支部長やスタッフと 一緒に行ったので、 現地での会話はすべてお任せ状態。 ラオスに入国してから、 「こんにちは」=「サバーイディー」 「ありがとう」=「コプチャイ」 と言うのだということを知りました。 (^_^;) ところで、 6月に行ったハイチのことを まだ書き終わっていない気がするのですが、 そちらはそのうちにまた 触れる機会もあるかなということで、 ラオスの紹介をすることにいたします。 今回のメインの目的地は、 ラオスの北部にあるロンという地域でした。 ここにADRAの小さなオフィスがあり (ADRAラオスのメインオフィスは 首都のビエンチャンにあります) 日本人スタッフが駐在して 3年計画の農業プロジェクトを 行っています。 現在行われている農業プロジェクトには 2本の柱があり、 一つは、栽培技術改善支援 もう一つは、水資源確保支援です。 特に栽培技術支援については、 次のような状況があります。 中国資本の経営者が ラオスの農村に入って来て、 バナナやゴムの栽培をしないかと持ちかけ、 応じた人には 多額の現金収入を約束します。 ただし、その時、 文字の読めない村人たちにとって 不利な内容が書かれている契約書に サインをさせるのです。 そして、後になってから 「ここにこう書いてあるだろう!」と言って 収益のほとんどを巻きあげていくというのです。 そのような非常に卑劣なことが 行われているということで、 甘い誘いに乗らないために、 生産効率を上げることによって 充分な競争力のある経済生活を 送ることができるように、 支援活動をしているということでした。 <写真の右奥がバナナ園> 現金収入を得たいがために、 自分たちの農地を バナナやゴムの栽培地に変える農民たち。 それはそれで悪いことではありませんが、 商