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燃費走行

アクセルの踏み方を変えるだけでこんなに違うものかと驚かされています。 昨日は横浜~渋谷間を、普通に交通量のある国道246号線を中心に往復約60km走行しましたが、シエンタ (10年落ち、走行14万km) の燃費計で16.9km/L (もちろんリセット間燃費) でした。 今までどんなに良くても15kmに届くか届かないかというところだったので、2kmも違うことになります。たかが2km/Lと思われるかもしれませんが、ガソリン40リットル (150円/Lとして) で考えると、走行距離にして80km、燃料にして5リットル、お金に換算すると約800円違ってくることになりますから馬鹿にできない数値だと思います。 ヴォクシーハイブリッドの納車まであと10日ほどなのですが、ハイブリッド車を所有するのは初めてのことなので、いろいろな人が書いている燃費の良くなる走行方法についてのブログなどを読み、事前学習をしています。 その中で分かってきたことは、ある程度一気に加速して、あとは惰性で走るということは、どうやらハイブリッド車にもガソリン車にも共通することのようだということです。それで、今乗っているシエンタで、最近実践してみています。 1. スタート時は、クリープ利用+ふんわりアクセルで急発進しないように心がける。 2. 車が動き出したら (私はとりあえず時速20キロ到達時を目安にしています) アクセルをググッと踏み込み (タコメーター搭載車は回転数2,000~2,500を目安に) 、目標速度まで一気に加速。 3. 目標速度の少し手前でアクセルを緩め始め、アクセルON状態で速度を保つ。 4. 赤信号が見えたら(或いは信号にひっかかりそうになったら)できるだけ早くアクセルを戻し、惰性で走る(←この時、最近の車はガソリンを消費しないように設計されています)。 これだけです。 ポイントは、 目標速度を決める こと。 一気に加速することに意味があるのは、上限があるからです。飛ばせるだけ飛ばすということになると話は違ってきます。私は、246号のような片側2車線の一般道を走る場合は、60kmを目標速度にしています。前が空いていても飛ばさず我慢をすることが、大前提と言えば大前提だと思います。 それから、 だらだらと加速しない こと。 これを心がけるだけで

ハラスメントについて

自分の立場をわきまえる必要が常にあると思います。特に人の上に立つ立場にある人は、自分の発言に責任を持たなければなりません。それはつまり、自分がどういうポジションにあるのか、そのポジションにあるが故に、自分の吐く言葉が相手にどのように響くのかということを考えなければならないということです。 何の考えもなしに発した一言を採り上げられ、それはパワハラだと言われました。 えー?そんなつもりは全くなかったんだよ!と言ってお詫びをしましたが、そんなつもりがなかった、つまり深く考えることなしに何気なく発してしまったからこそ、相手を傷つけることになってしまったという次第でした。 しかも、それは、自分が考えていた嘘偽りのないことでした。それを自分自身の働きに関する反省も含めて率直に述べたところ、そのことに利害が絡む人にとっては、非常に自尊心を傷つけられる言葉となってしまったのです。 そんなにヒクツになるなよ!とか、全然そんなつもりがあって言ったわけじゃないからそこまでネガティブに捉えるんじゃないよ!というか、その前に、ちゃんと現実を見ろよ!謙遜に自分たちの仕事を評価してみたらどうなんだよ!と言いたくもなりますが、しかし、こうした場合、立場の差ということもあり、相手がどう捉えたかということに重きが置かれるわけです。 「ハラスメント」の厄介な部分です。こっちにそんな「つもり」がなくても、相手がそうだと感じてしまったら、それが犯罪になるわけですから。 セクハラも含めて、本来弱者を保護するために設けられたはずの概念が、最近は、弱者という立場を利用して、自分よりも力のある立場にある人間をぎゃふんと言わせるための切り札のような使われ方がされている気がしてなりません。 以前にも、まったく違うシチュエーションで、それはパワハラだと言われたことがありました。 両者に共通するのは、パワハラという言葉を使って相手を譴責するその人たちは、どちらも、自分のしていることを評価してもらいたいという気持ちの塊であるということです(←こんなことを言う私は、自分の非は完全に棚上げしていますが…)。 まぁ、結局のところ、お互いに、相手に対する配慮が欠けているからこそ軋轢が生じるのだと思います。 ですので、相手がどうあろうと、私としては、やはり、自分の言動がセクハラやパワハラにならな

ジンバブエへの渡航

1週間ほど、アフリカ南部の内陸国、ジンバブエへ行って参りました。 2月の下旬に行ったのですが、首都ハラレは標高1,500m程度の高地にあるため、非常にすがすがしい気候でした。寝る時は毛布をかぶってちょうど良いくらいで、朝早い時間は肌寒さを感じるくらいです。 一応、2月は雨季に当たるとのことだったのですが、降っても夕方のスコールくらいで、あまり生活に支障があるような形の降り方はしませんでした。ただし、今年は1月に降った大雨の影響でモザンビーク国境付近の地域では水害が発生し、現在もADRA が被災者支援を行なっているところだったりするので、場所によっては注意が必要かと思います。 さて、まず、渡航に関してですが、今回は羽田→香港→ヨハネスブルグ→ハラレというルートを辿りました。旅行者の方のお勧めにより、雪などで交通網に影響が出た場合でも比較的容易に空港まで辿り着くことができるのは、やはり羽田だろうということだったので。 果たして、出発日の2日前にはドカ雪が降ったため、本当にそうしておいて良かったと思いました。 ただし、上記のルートの場合、羽田→香港の間はキャセイ・パシフィック航空になります。香港からハラレまでは南アフリカ航空です。 前者はワン・ワールド、後者はスターアライアンスですが、お互いに提携があるということで、預け荷物はハラレまでスルーでき、さらにはハラレまでのボーディングパスを3枚出してもらうこともできました。 特に香港でのトランジットが8時間もあったので、香港に着いた後、ボーディングパスを発行してくれるチケットカウンターが開くまでしばらく時間がかかっていたようだったので、最初からボーディングパスを手にすることができてラッキーでした。 また今回は、お金をケチってラウンジを全く使わなかったのですが、香港の国際空港は、長時間の滞在でも全く問題ありません。フリーのWi-Fiが飛んでいるし、探せば電源もあるし、さらには、横になって仮眠をとることができるリクライニングチェアまであります。 トイレも広くてきれいなので、着替えたり、顔を洗ったり、髭を剃ったりしても、これまた問題なし。 いろいろなものが気軽に食べられるフードコートや、スタバ、バーガーキングなどもあるので、食事面も、まぁイケるかなと。 前後しますが、羽田→香港のフライト時

とびだす100通りのありがとう

「とびだす100通りのありがとう」というミュージカルを収録した映画の上映会に行って来ました。 これは、震災の約1年後の2012年3月18日に銀座で上演されたミュージカルを映像に残したもので、震災から3年、本公演から約2年が経とうとしている今年、映画化されたものでした。 ことの始まりは、2011年7月。音楽家のてらもとたておさんが、宮城県で震災の被害に遭った方からある話を聞きました。それは、様々な支援を受ける中で、このまま人から助けてもらうだけで良いのだろうか、何らかの形で感謝を表すことができないだろうかと思っているという話でした。じゃぁ、その気持ちを音楽に乗せて表現してみたらどうかということで、ミュージカルの話が持ち上がったと言います。 約半年後の2012年の元旦から約1週間かけ、てらもとさんは連日の徹夜で台本を書き上げました。その後まもなくして「シロウト以下」の一般市民有志約100人による練習が始まりました。 練習場所としてようやく借りられたのは、暖房設備の無い体育館だったそうです。そして、とにかく経験の無い人たちだったため、最初は声を出すことすらできなかったとか。しかし厳しい練習を重ね、なんと初練習から約2ヶ月後に本公演を迎えたのです。 各地で話題になったにもかかわらず、公演は1日のみであったため、 映画化を望む声が高まる中、ついに今年、上映される運びとなりました。 ステージは約2時間。石巻市を中心とする宮城県下の被災者112名(小学生から80代の高齢者まで)が舞台に上がり、それぞれが自らの体験を語り、歌とダンスを交えながら、震災の日の体験、避難生活の様子、そして今後の展望などを紹介していきます。要所要所に出てくるのが、被災後の生活を支えてくれた人たちへの感謝の言葉。 また、そもそも宮城県とはどういう場所なのかを紹介する時間もありました。特産品の紹介であったり、サンマ漁の実際やササニシキができた所以となる昔話であったりと、いわゆるお国自慢でしたが、それだけのものが失われてしまったのだという悲しい現実が強調されているように感じました。 また、ところどころに出てくる、ある意味ブラックなユーモアは、観る人の心をさらに強く掴んだと思います。避難所での生活を通して8キロ痩せたが、配付された食べ物の中には甘いものが多かったので15キロ太ったと

雪が降ったら

昨夜、関東地方でも雪が降り、場所によっては少し積もりました。 交通機関が動かなくなる前にと、夕方慌てて帰宅したのですが、道行く車を見ていて思ったことを書きます。 車に積もった雪は、払い除けてから乗りましょう! って、それだけです。 あまりにも多くの車が雪を屋根だけでなく窓にもくっつけたまま走っていたもので、危ないなーと思いまして…。 昨日のように気温がどんどん下がっていく中で降り積もった雪は、基本的にびちょびちょなので、走行中に風圧で飛ばされることはありません。かと言って、車が暖まったらすぐに溶けるほど生易しくはありません。もちろん、そのうち解けますが、結構時間がかかりますし、解けるまでの間は著しく視界を妨げます。 雪は雨と違って、窓に付着した部分は見えなくなるものですので。当たり前の話ですが。 というわけで、とりあえずワイパーで拭っただけの車もかなりいましたが、視界の確保という意味では非常に不十分です。ワイパーにも余計な負担がかかります。 何より、解けずに残った雪は、次の朝、がびがびになるので要注意です。 車に積もった雪は、払い除けてから乗りましょう!

ハイブリッド車の利点

この度、初めてハイブリッド車に乗ることになりました。 前回、自動車のことについて長々と書いた中に一つだけ、ブレーキパッドの減りが少ないというハイブリッド車のメリットを書きましたが、ユーザーの方から他にもいろいろあるよと教えていただいたので、嬉しくなってしまってここにご紹介しようと思います。 ◯音が静か。← 始動後、常にエンジンがかかっているわけではなく、必要な時だけかかるから。 ◯加速がなめらか。← これは、ガソリンと電気の両方で加速するからでしょうか。 ◯エアコンが作動していてもファン等の音がしない。← ガソリン車のエアコンのシステムと、そもそもの構造が異なるからなのだそうです。 ◯EVモードに切り替えることにより、早朝や深夜の車庫入れの騒音が出ない。 ◯タイヤやホイールがあまり汚れない。← ブレーキパッドの減りが少ないので、ホイールの内側にこびりつくブレーキの鉄粉が少ないからとのこと。 ◯オイル交換の間隔が長い。→ プリウスの場合、メーカー推奨は走行15,000kmか期間1年半のどちらかが先に来たらとのこと。これってかなり違いますよね。ガソリン車だったらどちらも3分の1の値で交換になりますからね。 ◯タイヤの減りが少ない。← それが何故なのか理由はわからないそうです。 この中でも特に、オイル交換の感覚が長くなるということは全く考えていませんでした。つまり、年間あたりのメンテナンス費用がさらに数千円下がることになると思います。 そう考えていくと、ますます、約50万円の購入価格差を10年で回収というのは比較的容易ではないかと思ってしまいます。 というわけで、特段スポーティーな走りをしたいというわけではなく、ごくごくフツ〜に乗るだけなのであれば、地球環境も考えてハイブリッド車にするのが正しい選択である気がします。

ブログの意義

もともと、フィリピン留学中の日記を、日本にいる方々に向けて書き始めたのがきっかけで、それから約10年間、日記っぽいブログを書いてきました。 でも、FacebookやTwitterの台頭により、少なくとも私の中では、その存在意義が徐々に失われつつある気がします。その意識に比例して、投稿数も少なくなったと思います。 自分の頭の中の整理をするには、良い場所だと思って残してきました。でも、そんなことを発信し続ける意味があるのだろうかと思い、もう一度、ブログの存在意義を考えてみようと思いました。 ここ数年の、記事ごとのアクセス数を振り返ってみました。すると、1つの記事だけずば抜けたアクセス数があり、約1年でそろそろ1万件を突破しそうな勢いです。 それは、どの記事かと言うと、こちら。    ↓ ↓ ↓ コストコでタイヤ購入 この記事だけあまりにヒットしすぎて、いまや、「コストコ」「タイヤ」というキーワードで検索をかけると、上位10位以内に入るほどです。 あとは、南スーダンの携帯SIMについての記事だったり、車庫証明についての記事だったり、スマホの白ロムについての記事などが、アクセス数が多い記事でした。いずれも1,000件以上。 そしてそのほとんどが、検索でヒットしているんです。 そう思うと、私も確かに、これってどうなのかなと思うことについては、とりあえず検索してみるわけですが、結構な割合で人様のブログ記事にお世話になっていることに気付かされます。 というわけで、これからはできるだけ、人のお役に立てるような記事を書いていくことを心がけたいと思います。 まぁ、そうなると、マニアックな内容がどうしても多くなると思うのですが。

VOXY 購入

牧師という職業柄、乗るんだったらやっぱりボクシーでしょ!と冗談ながらにも、半分真面目に考えてきたのですが、このたび晴れてVOXYのオーナーになることになりました。 わ~、(^-^)//""ぱちぱち 仕事を始め、普通車に乗るようになってからはずっとTOYOTAなのですが、ここ約10年はSIENTAに乗ってきました。いざという時には7人乗れること、スライドドア、燃費の良さ、シートアレンジの豊富さなどから、フィリピンに留学している時から狙っていました。ネットで調べまくって、帰国後、オプションはあれとこれとそれ!と注文をつけて、ポン!と買いました。 とても気に入っていて、今までずっと、他に買いたいと思う車がないという状態が続いていました。 それに加え、2年前にリコール対象であったことが発覚し、エンジンのオーバーホールをしてもらってからは、まるで新車のような快適さで、調子よく走っていました。 ところが、2人の子どもたちをそれぞれチャイルドシートに座らせ、どこかに泊まりがけで出かけようと思って荷物をある程度積み、(もう死んでしまいましたが)犬も乗せようとすると、どうしても手狭感が否めなくなってきました。 ルーフキャリアを付けるか、でも、そのためにはまぁまぁの投資をしなければならないので、車検を含めて今の車にいろいろとお金をかけるくらいだったら、 約10年+14万キロ乗ったことだし、次を考えても良いのかなと徐々に思うようになりました。 ところが、です。 車検や整備などでずっとお世話になっているTOYOTAで考えると、一回り大きい車というのは、NOAHかVOXYになるわけですが、ど〜しても妥協できなかったんですね。何がって、スタイリングが、です。 なんともカッコ悪いんです。特に2世代目のVOXY、それも後期型が、結構最悪レベルで。新車をタダでくれると言われても断るかも知れないくらいで、ましてや、まさか買うなどということはおよそ考えられませんでした。 そろそろモデルチェンジになりそうだし、いろいろオプションを付けて安くできますよとか、外見なんて中に乗っちゃえば関係ないですよ!とまでディーラーに言われ、試乗をさせてもらって、おぉなかなか良い車だねとは思いつつも、全く検討のテーブルにも乗らない状態でした。 一方で、NISSA

ミャンマーに来ています

出張でミャンマーに来ています。 東南アジアの国々は、これまでにタイ、インドネシア、マレーシア、ラオスを訪れたことがありますが、ミャンマーに足を踏み入れるのは初めてです。 国境を接しているタイやラオスに似ているところがたくさんあるなと思わされます。ですので、初めての国にしては、あまり初めての感覚がありません。 言葉はちょっと違うなと思いますが、でも、今の時代、だいたいどこに行っても英語が通じてしまいますので、あまり不便を感じません。 ただ、タイともラオスとも違うところが、携帯電話事情です。長く続いた軍事政権の影響なのかも知れませんが、普通にその辺のショップでSIMを買ってプリペイドカードでチャージという気軽な使い方ができません。 正確には、できなくはないのですが、30日という期間限定だったり、データ通信ができなかったりします。 まぁ、その分、どこへ行ってもWi-Fiが使えるのかなとも思うのですが、つまりそれはどういうことかと言うと、ホテルなどの拠点を離れると、スマホが使えないということなのです。 今回は、陸路を5時間くらい車で移動したのですが、その間、スマホがありません。一緒に車に乗っていた人たちとの話も、さすがに5時間はもちません。結果、なんだか随分久しぶりに、ボーッとする時間があったなと思います。 で、久しぶりにボーッとしてみて気づいたことは、過去のことをやたら思い出すということです。逆に、そういえば最近、過去のことを振り返ることが少なかったと思います。暇な時間は、自分のこれまでの過ぎ来し方を振り返る良い機会になるようです。 つまり、いつもスマホが使える日本にいると、過去の振り返りや、記憶の整理整頓をしているヒマがないということです。それって、人間にとっては大きなマイナスであると思います。 また、今夜は、月がとても明るかったです。でもスマホの画面に目を落として歩いていれば、月の明るさにだって気づきませんし、むしろそんなことどうでも良いことに思えてくるから不思議です。 時には携帯電話の電源を切る時間が必要だなと思わされました。

心の渇き

ここしばらく心が渇いていたなと思います。 そのことにふと気が付きました。 自分に余裕が無いなということは感じていたのですが、何故余裕が無いのかということについては、単に仕事が忙しいからだろうという理由で、自分自身を納得させていただけな気がします。でも、年末年始の休みを経ても、一向に回復されない何かがありました。 海外出張に出かける飛行機の中で、音楽でも聞こうかなと思いました。普段、飛行機の中ではクラシックを聴きながらPCのキーボードを叩いたりするのですが、今日は何となく中島みゆきの恨み節が聴きたい気持ちでした。しばらく聴いて、何となくスッキリしたような感じになりました。 他の曲も聴きたくなり、何となくタッチパネルのあちこちを触っていると、“ Mama Decafe 〜Love〜 ”というタイトルのアルバムが目に留まりました。解説文には、「出産を経験したママ・ミュージシャンたちプロデュースによる、リアル胎教の音楽アルバム。アーティストたちが妊娠中に聴いて心なごんだ曲を、ゆったりボサノヴァ調に編曲して歌唱。」とありました。 へぇ、と思って聴き始めると、おなかに赤ちゃんを抱えているお母さんの気持ちがちょっとだけわかったような気がしました。あ、こういう曲を聴いて、お母さんたちは心が和むんだ、と。 それらはいずれも、お腹の中の子を愛おしく思う気持ちが綴られた曲でした。誰かを愛おしいと思う気持ちになれると、妊娠生活自体は大変でも、心が和むものなのかなと思いました。 そして、ふと、自分の母親も、そういう気持ちになってくれたのだろうかと思いました。 その時思ったんです、あぁ、今の自分に足りなかったのは、これか、と。 それは、誰かから大事にされているという感覚。誰かから愛されているという感覚、です。 もちろん、母親からのそれはこれまでたっぷり受けてきたわけですが、究極的には、自分を超えた存在である神からのそれです。 『 偽りの神々 』という本を、人から紹介されて読みました。そこには偶像とは何かということが書かれていました。偶像とは、神によってしか満たすことのできない心の必要を、他のもので満たそうとする、その「他の」何かである、と。それは、財産かも知れないし、仕事の成功かも知れないし、恋愛や結婚相手、また子どもかも知れないというわけです。しか

厄年を迎えるに当たって

昨年2013年は、年当初の決意虚しく、その前の年にも増してブログを書くことのできない1年になってしまいました。これはつまり、自分の考えをまとめたり、自分に向き合ったりする時間を、それだけ確保できなかったということだと思います。その意味で、成長するどころか、退化している自分を見せつけられた気がします。 それもそのはず、昨年は私にとっての前厄だったんですね。 元来、そういう言い習わしのようなものは信用しないほうだったのですが、そうとでも思わないと、昨年の自分の状態について納得できないと思うくらい、何とも落ち着きのない日々を過ごしてしまったように思います。 で、その流れでいくと、今年は本厄。 やはり、ホルモンバランスの変化であったり、肉体の老化であったりと、これまで通りにはいかなくなる節目であることは確かなのだと思います。 というわけで、今年の目標は、「落ち着いて、今すべきことをする」という、小学生のような内容ですが、コレでいきたいと思います。 皆さんにとっての新しい年が、実り多きものとなりますように。