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2月, 2015の投稿を表示しています

日本人、まだまだ

休日前の終電に乗ろうとする人でごった返す駅のホーム。 乗車の列に並んでいると、私の前に立っていた若い女性が、ある方向にタタタッと走り寄りました。 私からはちょうど壁に隠れる位置だったので、何が起きているのかは分かりませんでしたが、誰かが倒れた様子で、辺りが騒然としています。 ほどなくして、上述の女性が自分の持っていたタンブラーの蓋を閉めながら戻って来て、私の前に並び直しました。どうやら、中に入っていたお水か何かを提供しようとしたようです。 しばらくすると、その女性の前に並んでいたもう1人の女性が、すぐそこにあった自販機で水のボトルを1本購入し、倒れたと思われる人に対して差し出しています。 電車が到着し、列が進んだ時に見ると、酔っていると思われる女性がしゃがみ込んでいます。 一瞬、どうしようと思ったのですが、駅員さんが来て対応してくれるかなと思い、そのまま電車に乗り込みました。 こういう時って、いつも、どうすれば良かったのかなと思います。 大体、フラフラになるまで飲むほうが悪いわけで、そんな人を助ける義務は無い。一緒に飲んでいた仲間がいただろうから、むしろ責任はその人たちにある。だが、困ったときはお互い様、だ。自分にだって少なからず人に助けられた経験はある。しかし、終電だったのが悪かった。あれがあと1時間早ければ、駅員さんを呼ぶくらいのことはできたかも知れない。非常ボタンを押すわけにもいかないし、しばらくしたら必ず全体を見回りに来る駅員さんがいるハズだから、何とかしてもらえるだろう。だがあそこにいたということは、彼女も終電に乗りたかったのではないだろうか。いゃ、下手に満員電車に乗ってボミットされても困る。駅員さんに案内してもらってタクシーに乗せてもらうのが良いだろう。・・・ 結論の出ない議論が頭の中で展開されるわけです。あぁ、情けない。 まぁ、しかし、それにしても、私の前に立っていた女性の行動の素早さと自然さはスゴかったと思います。パッと駆け寄っていましたし、しかも自分が持っていた飲み物を提供しようとする姿勢には頭が下がる思いでした。 そして、その後水のボトルを買ってあげた女性もすごいと思いました。しばらく迷っていましたが、それでも、見ず知らずの人に対して100円も払ったわけですから。 日本人、まだまだ捨てたものではない...

スタッドレスタイヤの必要性

ある日の朝、車を運転しながらラジオを聞いていて、関東地方での自動車事故のニュースがたくさん報道されていることに気づきました。 原因は、凍結路でスリップしたと「思われる」ものがほとんど。 中には、登校中の生徒をひいて大怪我をさせたり、バイクと衝突してそのまま逃げたり(バイクに乗っていた方は死亡)というものまでありました。 警察の調べに答えたドライバーは、急に車がスリップし、立て直そうとしたが、車の挙動を制御することができなかったと答えていました。そして、この人は、自動車運転過失致傷罪で逮捕されてしまうわけです(これに対する刑は「7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金」とされていますので、厳しくとられた場合は懲役刑です)。 思えば、この日の前日は冷たい雨が降り、夜はかなり冷え込んだため、私が夜中に帰宅した時点で、東京都内でも路面がすでに凍結しており、歩いても滑るくらいでした(フロントガラスには、霜がびっしり)。 朝方さらに気温が下がったハズですので、そこをノーマルタイヤで走るなんぞは、普通に考えて自殺行為です。 私も、以前は雪が降らない限りはスタッドレスタイヤを履かせようとは思いませんでしたが、北海道で生活をした後は、一番怖いのは雪ではなく凍結路面だということが分かり、雪の有無に関わらず、冬は必ずスタッドレスタイヤを履かせるようになりました。 特に北海道の人たちが一番恐れるのは、ブラックアイスバーンと呼ばれる路面状態で、雪が無いので一見アスファルトが露出しているようで、実は表面が凍結しているというものです。凍結しているようには見えないので、普通の速度で侵入すると大変なことになります。 この日の朝は、まさにこのブラックアイスバーンが関東地方の各地にできていたのだと思います。 ブラックアイスバーンの場合、スタッドレスタイヤを履いていても、気づかないと非常に危険なのに、ましてやノーマルタイヤで突っ込んだ日には、もう、どうしようもありません。重大事故が起きて当然です。 というわけで、何が書きたいかと言いますと、 関東地方の皆さんも 冬期はスタッドレスタイヤを履きましょう! ということです。 特に最近、気候の変動が激しく、気温の上がり下がりも大きくなっていますので、今日は大丈夫でも明日はどうなるか分かりません。...

震災復興と戦後復興

震災を経験した方々への特に心的サポートということを考える際に、いつもふと思うことは、戦後の日本がどうだったかということです。 各地で大空襲があり、原爆が落とされ、沖縄のような「悲惨」という言葉では表しきれないくらいの状況に置かれた土地もありました。父や兄は戦地へ駆り出され、女性や小さな子どもたちは疎開で見知らぬ土地に行き、家族がばらばらになったまま二度と会えなかった人たちもたくさんいたわけです。 しかし、日本各地が「被災」した状態でしたし、現在のような心的ケアといった視点も無かった時代ですから、ある意味、みんな放ったらかしだったはずで、子どもたちの心の傷は、どうやって癒やされていったのだろうと思います。 他ならぬ私の父親も戦中派ですので、父の人間形成において戦争が及ぼしたところの影響は大きかったと思います(別に父の人間性に欠陥があるという意味ではありませんが、戦争を経験していなかったら、もっと違う人間になっていただろうと思うという意味です)。現在の日本社会は、そういう人たちが中心になって造り上げてきたものであるわけです。今になって様々な歪みが出てきていると言えなくもありませんが、でも他の国々がうらやむほどの発展を遂げてきたということを否定する人はいないと思います。 戦争と自然災害とでは、根本的に質が違うのかも知れません。しかし、住む家を追われ、生活を奪われた人たちが、復興を目指して歩んで行くというプロセス自体は同じなのではないかと思います。 だから、震災を経験した人たちに対するケアが必要ないとは言いません。ただ、支援を行なう上では、何を問題とするのか、どこを(ゴールとして)目指して支援を行なうのかというそもそも論的なところを明確にすることが不可欠だと思います。 単に、大変なことを経験し、まだ元の生活に戻れていないから、コミュニティーに歪みが生じ、不登校の子どもたちが増えているので支援が必要だと言うだけでは、支援が形骸化してしまうことを危惧しています。